阿波国の城跡@太鼓山城・川崎城・花駒屋敷③
みなさんこんにちは。
最近、阿波国西部の城跡を巡っています。
前回まで太鼓山城・川崎城と、阿波国にしては、なかなか見応えのある城跡が続いたので時間も押してきました。
今回は城跡まで車を横付けできてサクッと見れる「花駒屋敷(花駒城)跡」を訪れたいと思います。
・・が、登りのある城跡2本行ったおかげでお腹はペコペコ。早く何か食べないと、我が胃袋が武装蜂起して反乱を起こしそうです。。。
私、城跡旅行に行った時はその土地のご当地グルメを食べるのが大好き。
徳島県西部は祖谷地方といって、山あいのため朝晩の寒暖の差が大きく、蕎麦の栽培が盛んなようです。昼の陣中食は祖谷そばに決定♪
そば定食(780円ぐらい?記憶が曖昧)と、厚揚げと玉子のおでん(1本110円)を注文。おでんはカウンター横の鍋に入っていて、会計時に自己申告するシステム。
そば定食が来るまでおでんをがっつく。写真の通り具が黒いですが、おでん鍋の中はビックリするぐらい真っ黒の汁におでんがつかっています。大丈夫かいな?(^^;)と最初は思いましたが、全然濃すぎたり塩辛いことはありません。味付けは優しいけど、これでもか!!と言うぐらい味がしゅんでます。ビールが欲しい~( ^_^)/□
そば定食。祖谷蕎麦は基本、つなぎを使いません。
10割蕎麦なので切れやすく、ぶっとくて短い、(良い意味での)田舎蕎麦です。下手したらうどんより太いかも。
太い麺を噛みしめると蕎麦の良い香りがす~っと鼻に抜けていきます。おダシも激ウマ。山菜とキノコの炊き込みご飯と蕎麦のダシがメチャメチャ合います(≧∀≦)
付け合わせは春雨と野菜とキクラゲの和え物。大満足です♪♪ (*⌒▽⌒*)
さて、そろそろ城跡に向かうとしますか。
花駒屋敷。屋敷と言っても、実質には防御機能を備えた城です。
先の2城と同じく白地城の支城で、白地城城主の家老、花駒さん(まんま)が治めていたようです。南から吉野川、西から馬路川が合流する地点にあり、伊予方面への玄関口にもなり、交通の要衝だったと思われます。
城データです。
花駒屋敷(花駒城)
比 高:-
駐車場:神社入口そばの道幅が広いので、路肩に寄せれば2,3台駐車可能
登城口:神社入口
ハイ、確実に今までで一番お手軽物件です(笑)
迷いようがないと思うので、行き方は省略します。
吉野川と馬路川の合流点の河岸段丘にある城で、東は吉野川、南は馬路川の絶壁に守られ、西側の緩斜面は切岸で守ります。
北側に平虎口を開けた主郭、南に1段下がって絶壁スレスレに2郭を置くシンプルな構造です。
北側道路より。主郭への平虎口。虎口両サイドは土塁跡です。
こちらは主郭側から見た虎口。土塁が曲輪内に伸びてますね。元々は曲輪西側全体を土塁で覆っていたのかも。
主郭の全体像。南北に細長い曲輪で、奥に1段下がって2郭があります。
虎口西側の土塁。
東と南は断崖絶壁なので、西側が弱点なのは城主も当然分かってます。土塁と切岸で守ります。
↓↓ そして、虎口脇の竪堀。
これにはちょっと驚きました。こんな小規模な城に竪堀が。しかも、割としっかり深く掘られ、遺構として立派に残っています。西側の弱点を相当意識してたんでしょうね。
そして、主郭の南端には石垣が。
残念ながら、戦国期の遺構ではないそうですが、いつの時代の物なのか、調べても情報が出てきませんでした。
個人的には、かなり古風な積み方に見えるんですが・・・。
いつの時代の遺構かご存じの方はコメント欄でこっそり教えて下さいませm(_ _)m
さて、城外に出て、本城である白地城を眺めてみましょう。
丘の上の黒い屋根、白くて四角い建物の辺りが白地城跡です。
残念ながら遺構はほとんど失われていますが、本城と南・西の支城群の全体像を把握するにはうってつけの場所と言えます。
城の狙いとしては、水運と伊予方面の交通の要衝を押さえ、情報収集のための白地城の出城だと思います。
東と南は天然の断崖で守り、弱点の西側を切岸で守り、竪堀で主郭奥への横移動侵入を防ぎ、虎口で全力で食い止める・・といった感じか。
個人的には、虎口と竪堀の位置が近すぎて守備側にとって不利なんじゃないか?という疑問は残りました。
しかし、車で城跡まで横付けできてこれほどお手軽に遺構を楽しめる城跡はなかなかありません。女性の方は、なんならヒールの靴でも散策できます(笑)
今回はこれでおしまい。最後まで見て下さってありがとうございました(*⌒▽⌒*)
では、また次回~(^_^)/~~